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有限会社マックコーポレーション
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プレマリア誕生物語

1. プレマの技術開発者と再会〜プレマック−Zとの出会い

今日まで来るのに波瀾万丈。結婚後は生協活動しかしていなかった私が会社を興し、お客様ゼロからスタート。プレマ(細胞活性の技術)の話は全然分かってもらえず、もうダメと思ったことが何度もありましたが、皆様のお陰様で16年。今は「継続は力なり」を実感させて戴いています。そもそも、会社を作る事から友人に助けられ、「人が財産」の私でした。

1993年のことです。母(現在95才で元気です)が酷い鬱病で寝たきりになりました。この5年くらい前から大腸が悪かった母が、寝たきりになってしまったことで、腸の動きがとても悪くなり閉塞を何度も起こしました。
たまたま、母の鬱病にはとても合う薬があって、だんだんと気持ちも上向き、少しずつ良くなっていきましたが、気持ちが上向いても体がついて来ません。老人になってからの寝ついた1日は、回復に1週間かかるといいます。体を動かさないと腸の動きも余計に悪くなるので、毎日お散歩をさせるのですが、得も言われぬしんどさが来るらしく、歩きたがらず、本当に大変でした。

プレマの技術開発責任者である友人Fに再会したのは、そんな時でした。Fは大手商社時代の同期で、お互い結婚後、転勤などで暫く疎遠になっていたのでした。私たちの話題は多岐に亘り、その中に出て来たのが「プレマックーZ」でした。母の病気の話をしたところ、「とにかく、お母さんに飲んでもらえ」と持たされました。「何が良いの?」とも聞かず、とにかく持って帰り、母に飲ませ、私も飲みました。

母の感想は「体が軽くなった気がする。不思議な飲み物だわ」。
元々、お腹がチャポチャポするので水分を摂れない体質だった私の感想は、「飲むと全身隅々まで水分がすうっと行き渡る感じがして、お腹が全くチャポチャポしない、これって何?」でした。
これが、プレマの技術に初めて触れた体験でした。

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2. プレマの技術はさっぱり分からず・・・

次にFに会った時に、丸一日、「プレマの技術」について講義を受けました。最初はちんぷんかんぷん。何の事やらさっぱり分からず、とにかく「プレマックを飲むと、細胞が活性化され、健康になるらしいこと」それだけは分かりました。

「何故?」「どうしたらそうなるの?」の質問に対しての返答は、全く分かりませんでした。Fからは、「生命とは何ぞや」に対して、キチンと答えられたら教えてやると言われ、知識を総動員して答えましたが、全部「違う」でお終い。ヒントを下さいと言えば、「色即是空だ!」と言われ、よけいに「???」。

そこで、私は、とにかくプレマックを飲み続けてみることにしました。自分の体で変化を感じようと思ったのです。
その後、1年近くの間、Fと会うと、プレマの話では全くなく、「『小魚をばりばり食べる象がいる?』『自分の足より寸法書き』『農薬って本当に薬なの? 濃毒じゃないの?』のような話」 「農薬を蒔いたか蒔かないかで、農産物を選ぶのは間違ってる。」「頭で喰うな」「感性を磨け」等々、化粧品とは全く無縁の話をしていました。

ある時、こういう、一見何の関係もないような話が、私の中で全て繋がり、「根っこは一つだ!」と分かった時、Fの態度が変わり、「プレマの細胞活性の話」を深いところまでしてくれるようになりました。
ここからが化粧品開発へと続いていったのですが、その前に、私がプレマに出会うまで何をしていたかをお話ししておく必要があります。

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3. 私のあゆみ 大手商社〜結婚〜生協活動〜プレマリアへ

私は大学卒業後、1975年に大手商社に就職し、78年に結婚。東京/杉並に住み、79年に長女が生まれました。長女を妊娠した時から、食べ物の安全性についてとても気になっていたところに、友人が誘ってくれたので、生活クラブ生協に加入しました。灘生協(今のコープ神戸)しか知らなかった私は、生協って全国組織じゃないの? 生活クラブって何? という状態だったのです。そんなスタートだったのですが、生活クラブで勉強を重ねていく間に、食品の「?」、世の中の「?」に目覚め、それらを解決するために、消費者の力を集めようという生協の活動に一所懸命になりました。色々な委員を経験し、生産者と会い、大学の先生に質問に行きと生活クラブで有意義に活動をしていました。

ここで学んだ大きな事は、食べ物の安全性に拘ったら、行き着くところは、「空気・水・土」だということです。このことから、「水」に関心を持ち、界面活性剤について研究するようになりました。(振り返ってみれば、界面活性剤の研究から化粧品へと向かって行ったのでした。)

空気・水・土に共通することは、「自分一人の物ではない」ということです。自分だけの空気も、自分だけの水も確保できず、土だって、例えば、お隣の畑の土と自分の畑の土はお互いに影響されるってことです。農薬は川の水を介して飲み水に影響します。家庭から出る洗濯の洗剤も、川の水を介して飲み水に影響を及ぼします。ゴミを燃やすことで出る体に悪影響を与える物質は空気を汚します。

このようなことから、同じような考えを持っている人たちとの共同が、安全な食べ物を求める上でいかに大事かを認識し直しました。協同組合として組合員の「買う力」をまとめ、農業・漁業をしている人たちと協働し、食品を作っている会社と協同し、安心・安全な物を家族に食べさせたいという私たちの素朴な願いを叶えていきました。
また、「中味を分かって食べたい」「本当のことを知りたい」という組合員の願いを叶えるために、色々な生産者と協働し、組合員に徹底的に情報公開を実現することができました。

そうしている間に、夫が関西に転勤となり、せっかく築いた生協の活動も途中で終わることになってしまい、苦楽を共にした大勢の仲間とお別れをし、泣く泣く関西に来ましたが、こちらでは、また、生活クラブと同じような活動をしている小さな生協に加入し、活動を続けることになりました。子供も上の子が小学生になっていましたから、こちらでは理事、事実上の組織の責任者として活動をすることになりました。

責任者として生協の組合員を訪ねていると、日常的に本当に困っている人たちに沢山出会いました。アトピーで全身が大変な状態になっている人。アレルギーがあり食べられる物が本当に限られている子。髪や体を洗う物がなくて困っている人。等々・・・。

この頃から、安心・安全な食べ物を求めるための仕事よりも、界面活性剤や化粧品の学習会の講師としての仕事をすることが大きな役割になりました。ところが、話をすればするほど、根本的な解決策を持っていないというジレンマがどんどん大きくなってきました。というのは、この頃の学習会では「一般化粧品の害は分かったけど、どうすれば良いの?」と組合員に聞かれても、それに対する答えがなかったからです。ともすれば不毛な学習会となってしまうことがしばしばありました。

いつも皆さんにお話をしている、「バリアゾーンがあるから、どんなに良いとされている物を顔に付けても、中には入らないよ」「化粧品には界面活性剤が含まれているので、使えば使うほど乾燥肌になりますよ」というようなことを組合員に話すのですが、「じゃあ、どうすれば良いの?」と聞かれても、その答えはなかったんです。その頃、プレマリアはありませんでしたからね・・・。

このような体験をたくさん持っていた私が、ある時、プレマの技術に出会ったのでした。子供に安全な食べ物を食べさせたいという小さなことから、水・環境の大切さに目覚め、そこから界面活性剤の問題を研究することになり、界面活性剤から化粧品に繋がっていったのでした。

さて、ここで、話は、プレマリアの開発のところに戻ります。

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4. プレマリア開発!

Fから細胞活性の話をずっと聞いていて、それって「本当に肌をキレイにできる化粧品が作れるんじゃない!」「安心して使えるシャンプー・リンスが作れるんじゃない!」とひらめきました。
Fに話すと「ああ、簡単に作れるよ」と言います。「じゃあ、作れば? 絶対に売れると思うよ。生協の中で、使える物が無くて困っている人を沢山見てきたから、きっとその人たちは助かるよ」と熱心に言いましたが、「興味がない」の一点張りで、全然とりあってくれませんでした。

三度上京して話しましたが、とりつく島もなく、私には珍しく「あなたも研究者の端くれなら、今世の中に出回っている化粧品をよく調べたら? それでも、興味がないと言うかどうか、私には見ものだわ!」と席を立って帰りました。

そうしたところ、数日後に「おい、作るぞ。こんなキケンなもの、ワイフに使わせていられない!」と連絡がありました。

程なく、試作品が出来上がってきて、大勢の友人たちに使ってもらい、「これ!」というものを、目的別に1種類を決定し、今のプレマリアとなったのでした。

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5. 起業〜もうやめようの連続〜そして今日

商品化された途端に、Fからは「作ったんだから売れ!」と言われました。まさか、売る人になるなんて考えてもいなかった私はとても困りました。

その頃私は、生協活動を卒業し、友人と作った会社でクリームを売っていました。とても大事な案件も抱えていて、直ぐにはその会社を辞めるわけにはいきませんでした。「そのうちね、辞められる時が来たらね」と曖昧に答えていました。

ある時、「あなたは、売る時には『これが最上の物です』と言って売り、自分では、自分が売っている物よりもずっと良い物を使う、そんなことができる人なのか?」とFに言われました。そのようなつもりは全くなかったのですが、そうか私のやっていることはそういうことなのかと殴られたような衝撃を受け、悩んだ末、会社を辞め、MAKを興しました。会社の名前は、大切な家族のイニシャルを組み合わせてつけました。

さて、MAKを興したもののお客様は友人だけです。日本中走り回り、それまでに培ったネットワークや活動してきた生協に行き、プレマリアを紹介しますが、取り扱い窓口の担当者に全く理解してもらえません。
生協の仲間でさえも、「プレマリアのことは個人的には理解できるけど、組織となると・・・」と言われ、取り扱ってもらえませんでした。
また、洗濯から髪まで「石けん」を薦めているところでは、「プレマリアのシャンプー・ボディシャンプーは石けんじゃないから扱えません。ただ、顔を洗うものは、化粧品の枠なので、合成洗剤でも良いんです。プレマリア化粧品なら扱っても良いです」と説明をされて、「え? 体は石けん、顔は合成洗剤? 体と顔は繋がった皮膚なのに…」と目が点になってしまいました。

しかも、化粧品の商売には全くの素人だったため、やってみて初めて分かることばかりで、ビックリ!の連続でした。
例えば広告。 今までの化粧品ができもしないのに細胞活性と言ってしまったが為に、薬事法で、広告に「細胞活性」という言葉は使うことを禁止されています。本当に細胞活性ができるのに、プレマリアだって使えません。
それに、広告はいつも人の目に触れるように打ち続けるため、何千万、数億という広告費を一年間に使わなければ効果が出ません。でも、そんなお金はなかったのでスポットで広告をしたのですが、それでは、人にはなかなか認知してもらえませんでした。余談ですが、その時、化粧品が原価の割に価格が高いことに、妙に納得してしまいました。(笑)

費用の大きな広告とは別に、雑誌の最後のページなどに掲載されている「抽選で、無料で差し上げます」のようなコーナーは、掲載費無料で載せてもらえます。「先ずは使ってもらってプレマリアの良さを感じてもらおう」と掲載してもらい、当選者に製品を送り、数週間後に「如何でしょうか?」とお電話をしたところ、タダなら何でも良い人だったのでした。(泣)

当初、「サンプル代を払ってでも、プレマリアを試してみたいわ」と思って下さる方に、使って戴きたかったので、私たちはサンプル代を頂いていました。でも、製品を買うよりも安いのでサンプルだけを毎回多数注文する方、色々なメーカーの無料サンプルだけを使っている方、基礎化粧品にこだわらない人たちが多いこと、自分では考えもしなかったことの連続で、物を売ることがイヤになった時期もあったのです。(サンプルについては、現在は無料ですが、お一人様一つでお願いしております)

それでも、プレマリアを気に入って下さった方からのご紹介などで、少しずつお客様は増えていました。そこで、私の考えていることをお伝えしよう!と「ぷれま」を発行することにしました。これは、お陰様で、なんと、139号を迎えました。

当時考えたことは、一般に出回っている化粧品広告の間違いを「ぷれま」で伝えること。そうしたら、少しでもプレマリアを理解して戴けるんじゃないかと考えてのことでした。でも、真実を伝えようとすればするほど、上手く行きませんでした。残念なことに、それがイヤだと言ってプレマリアから去って行かれた方が沢山いらっしゃいました。この時、同業の友人から言われた言葉が、「化粧品は夢を売る物。綺麗になれるかも?と思う気持ちを壊してどうするの!」でした。化粧品って夢を売る物なの???

ご紹介制度というものも作ったのですが、「組織販売はイヤです」「人に紹介するのに、自分が儲かるのは困ります」(注:組織販売ではありません)というお声や、「そんなのにお金を使うのなら、一円でも安くしてもらいたい」というお声を戴くことになってしまいました。私としては、紹介して下さった方への、せめてものお礼の気持ちなのですが…。(ご紹介制度は現在はもうありません)

何度も何度も、もうやめようと思った記憶だけはあるのですが、イヤなことは直ぐに忘れるほうなので、具体的には思い出せなくなってしまいました。(笑)

こんなふうに、プレマリアの商売は大きくなってMAKは左うちわに・・・なんて、全然なっていないのですが、この仕事をしていてとても有り難いことは、嘘をつく必要がないということです。お客様からのお便りも商品の説明も"ねつ造"しなくてもいいのです。(笑)
私たちは、実際に頂いた嬉しいお声を、そのまま、「ぷれま」に載せるだけなのです。こんなに有り難いことはありません。皆様からのお声を頂く度に元気が出ます。

お客様から、こんなにもお礼を言われる化粧品会社はないでしょう。お客様に友人のように接して戴ける仕事はないでしょう。ご家族の嬉しかったことを話して戴けるような仕事はないでしょう。東日本大震災以来「絆」「つながる」とよく言われていますが、会社を興した当時(1997年)から、ずっとお客様との絆を感じています。繋がっている喜びを頂いています。お母様からお嬢様に、お嫁さんに、お姑さんに、ご姉妹にとプレマリアの輪を広げて戴いていて、とてもとてもやり甲斐を感じています

まだプレマリアと出会っていない方に、プレマリアを知って戴くことも大事です。「何をすれば」というところで、ずっと悩み続けています。でもプレマリアの力はホンモノですから、いつかきっと大きく羽ばたいてくれることと信じています。そして、今日まで支えて下さった皆様に恩返しができる日が来ると信じています。

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プレマリア誕生物語、とても長くなってしまいました。ここまでお付き合い下さった方に、心よりのお礼を申し上げます。これからも、プレマリアをよろしくお願い致します。
そして、辻の話を聞きたいと仰って下さる方の所へいつでも伺いますので、どうか、お声をかけて下さい。心よりお待ちしております。

2013年6月
辻 素子